「最近のラノベ」論のために「昔のラノベ」を語る(90年代富士見主人公論)


「最近のラノベ」は学園ラブコメでハーレムばかりだ! という話を聞きます。
「最近のラノベ」は異世界ファンタジーでハーレムばかりだ! という話も聞きます。
どっちやねんw いっそ両者でとことん論争していただけないでしょうか。ハーレム属性のとくめー的にはどっちが正しくても万々歳です。


この認識のズレは、単なる時間軸のずれで。00年代後半から現在まで、ラノベのメインストリームは、美少女ゲームベースの学園モノのラブコメor現代伝奇路線で、それに取って代わりつつあるのが、ネット小説ベースのゲーム的な異世界ファンタジーである……という現状の反映ですな。
もちろんラノベの中には、学園も、異世界も、それ以外の傍流路線もあるわけですが。今年、2015年の時点では、最大勢力は"まだ"学園だと思います。アニメを見ても、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』の2期も『ハイスクールD×D』の3期もありました。俺ガイルはラノベ界隈の外への波及に失敗していたり、おっぱいドラゴンは評論筋に黙殺されたり、いまいち過小評価されてますが、地力・支持ともにとても強い作品です。ただ、こうやって挙げるのが2期・3期の話なあたり、学園モノの弾切れもまた確かです。
来年以降のラノベがどうなるかは、ネット小説由来の異世界ネタにかかっていると言っていいでしょう。ほかの路線は、個々の作家・作品レベルで優れたものがあっても、ジャンルと市場を支えられる「層の厚み」を持っておりません。


さて。こういった「最近のラノベ」には、ひとつの揶揄がつきまといます。いわく、「最近のラノベ」の主人公は、最強設定で努力とか成長とかしていない
本当でしょうか。強キャラ要素を「最近のラノベ」の特徴に挙げるなら、「昔のラノベ」の主人公は強くなかったという前提が必要になります。実のところ、この認識は非常に怪しいのです。
D......いや、ここで上の世代に流れ弾を出すのはやめておきましょう。自立したジャンルとしてのライトノベルの起点を水野・神坂・あかほりに置く私の史観と矛盾しますし。
「昔のラノベ」の代表例として挙げるのは、富士見ファンタジア文庫とします。90年代の最有力レーベルですし、冒険活劇的な要素を多く含む作品傾向は、ネット小説サイト投稿作と近く、比較に適しています。


富士見ファンタジア文庫の有力作の主人公、とりあえず5人ばかし挙げてみましょうか。

 単身盗賊を狩ってまわり、城でも軽く吹き飛ばす…

  大陸最高の魔法使いの養成機関の最強の教室の出身で…

  連戦連勝のあげく、元帥とか大統領とか……

  星間文明レベルの皇子様…バリア貼るよバリア…

  超国家傭兵部隊の特殊部隊の戦闘員で…専用機がやっぱバリア……

強キャラばかりじゃないですか! バリアって強キャラ感ありますよね。避けるとか打ち消すとか能動的に反応しなくていいあたりが。


もちろん、90年代の富士見ラノベが全て強設定主人公というわけではないでしょう。
例外はあるはずです。「論の強度は例外事例に表れる」が私の持論です。切り捨て処理が多すぎる論は信用ならないし、例外が見つからないなら研究不足か循環論法を疑うべきです。
仮説:昔のラノベの主人公も強キャラ設定ばかりであるこれに対して、例外事例の捜索と検討をしてみましょう。


90年代富士見の主要作で、強キャラでない主人公。
『セイバーマリオネットJ』間宮小樽と、『スクラップド・プリンセス』パシフィカ・カスールが挙げられますね。小樽は3人のセイバーマリオネットを目覚めさせた「マスター属性」で、パシフィカは敵の特殊能力を無効化する「レジスト能力」持ち。2人とも、守られる立場にストーリー上の意味があるキャラクターです。特別な理由に基づく例外の存在は、“特別な理由がなければ”主人公は強く設定されるものだという形で、原則の説得力をむしろ強化するものです。


「昔のラノベの主人公も強キャラ設定ばかりである」という説は、例外事例の検討に堪えました。
「最近のラノベ」批判の根拠に強キャラ設定を持ち出すのは、単純に的外れといっていいでしょう。
ここで話を終わらせては面白くないので、ネットで流行りの俺TUEEEE路線と、90年代ラノベの強キャラ設定の、どこが違うのか、個別事例に基づいて考えてみましょう。


スレイヤーズ及びオーフェン、この2作の作品世界では、そもそも「人間」って弱小種族です。リナが人間の中で強キャラでも、高位の魔族を相手にする時は「あちら側の制約」に乗っかる形の勝ち方を目指すことになります。オーフェンも上位種族相手だと戦闘力よりロジックが頼りですし、《牙の塔》のチャイルドマン教室で…って設定も、重要人物がチャイルドマン教室の関係者ばかりなので有り難みというものはありません。
主人公が強キャラ設定を持っていても、敵も強設定てんこもりで無双感はないんですね。


タイラーは、無双と言ってもよさそうです。自分の仕切りで戦える限り、負けたことのない男ですから。ただ、この人、初期は幸運と小賢しい立ち回りに頼った小物キャラで、後期は先読みの化け物として黒幕稼業をやりたがるんです。タイラーを主人公として無双感を楽しめるのは、奇策に長けた作戦指揮官として活躍している一期中盤くらいじゃないでしょうか。作中でもあまり視点人物とならず、読者の最強願望をそのまま仮託しづらい。主人公最強モノを示すネットスラング――俺TUEEEという語を借りるなら、「TUEEE」の部分は満たしていても、「俺」の部分に不足を感じます。


次の柾木天地は有望株です。バリアですよ! しかもハーレムですよ! 願望充足ひゃっほーい!
……と言いたいところなのですが、いま問題にしているのは90年代ライトノベルなので、ここで扱うのは富士見ファンタジア文庫の『天地無用! 魎皇鬼』…いわゆる長谷川版天地となります。
長谷川版の天地君…その…あんま戦闘してないんですw 長谷川版で扱うネタって、天地と周囲の女の子たちとの関係とか、ヒロイン絡みの面倒事で…… 無双? 俺TUEEE? まあ…設定上は……
天地って、強キャラ属性より苦労性属性の方が先に立ってます。とりわけ長谷川版ではその傾向が顕著です。


強キャラ設定の無駄遣いは、『フルメタル・パニック』では明確な形で取り扱われてます。傭兵部隊の少年兵と、学園モノのミスマッチは、作品の学園パート・コメディパートのメインテーマになってます。
もちろん、イベントが起きれば戦闘のプロとして活躍できるわけですが、宗介はシュワルツネッガーでもセガールでもありませんので、個人の戦闘能力は優秀な一兵士の範疇に収まります。
ロボット戦では胸踊る強設定が並びます。専用機! 謎の新技術! バリア!
ですが、宗介が専用機に乗る時って、相手も同じような謎の新技術使ってて同じようにバリアを張るんですよね。そもそも、彼、専用機で戦ってるイメージがあまりありません。ソ連製の量産機《サベージ》の方が似合ってると思うのは私だけでしょうか。


5つの事例を突き回すことで、「最近のラノベ」を論じるポイントが見えてきました。
仮説:「昔のラノベ」は、強キャラを採用していても、敵が強いなどの事情で「無双感」はあまりない。
再び、例外事例の捜索と検討をしてみましょうか。


格下キャラを相手にすることが多い主人公というと、90年代富士見だと『それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』の山本洋子と、『召喚教師リアルバウトハイスクール』南雲慶一郎が当てはまります。
山本洋子はシューティングマニアの女子高生。未来の世界の人の死なない宇宙戦争にスカウトされて、一人乗りの戦艦で大活躍、と。ヨーコの世界にはオールドタイマーという超古代文明があって、スレ・オーフェン同様ってか富士見伝統の人類種弱い設定(『デート・ア・ライブ』や『これはゾンビですか?』でも人類種は弱いのです)も見られますが、こいつら終盤まで出てこないし洋子と敵対する関係でもありません。
南雲慶一郎は、格ゲーじみた超技術を使う格闘家で、異世界に召喚されて勇者稼業なんぞをしています。腕っ節を買われて問題児揃いの母校で高校教師をすることになり、高校でも異世界でも戦闘力任せに大立ち回り…と。
「無双感」という点でいえば、この2人はかなりのものです。
ですが、タイラーのときに触れた、読者の最強願望を仮託しづらい主人公という問題は、この2人にも当てはまります。
洋子は自己主張の激しいハイスペック女子高生ですし、南雲はぶっとんだ設定山盛りのおっさんです。設定過多で最強のおっさんを主人公に据えることにはそもそも無理があったようで、漫画・アニメのメディアミックスでは、教え子の剣術少女御剣涼子への「主人公交代」が行われています。(剣術少女は脇役で出ると“かませ属性”がつくので、この主人公交代は涼子の側をみても正解といえそうです)
先の仮説を修正しましょう。
「昔のラノベ」でも「無双感」のある主人公はいるが、読者が素直に最強願望を仮託できる「俺TUEEE」感はない。


なお、私は、この2人の主人公には、好意的ではありません。
作中でたびたび見られる「主人公が作者の代弁者となって、俺思想を語り始めるシーン」についていけないのです。その上さらに、作者の代弁者たる主人公が無双するとか、読者が俺TUEEE感で楽しむのでなく、作者が俺TUEEEしちゃってるじゃないですか。
作者が主人公を使ってご高説を垂れ、作品世界を使って自画自賛する展開は、思想や文学性の問題を置いておくにしても、その作者≒主人公に賛同できない読者にとっては不快要素といえるでしょう。
これはネット小説や「最近のラノベ」でもよく見られる構図です。そして、こういう展開に釘を差すことが期待される編集者は、ネットの創作者には存在しません。


さて。ここまで90年代富士見ファンタジア文庫から9作品を例示することで、「昔のラノベ」と「最近のラノベ」の比較をしてみました。
結論としては、以下のようなところになるでしょうか。

  • 1 「最近のラノベ」の主人公は強キャラ設定ばかりだというが、「昔のラノベ」だって強キャラ設定ばかりである。
  • 2 「昔のラノベ」では、敵も同等以上の強設定を持っていて、主人公無双にはなりにくい。
  • 3 「昔のラノベ」にも「無双感」のある主人公はいた。ただし、素直に最強願望を仮託できる「俺TUEEE感」はなかった。
  • 4 主人公最強モノは作者≒主人公の自画自賛になってしまう可能性がある。この問題は「昔のラノベ」の時点ですでに存在した。


どんなもんでしょう。90年代の富士見ファンタジア文庫諸作品を論じることで、「直接的には、例示や引用をなにひとつ行わず、最近のラノベについて語る」という、アクロバットにもなっています。


さらに、強キャラ設定と合わせて問題にされることが多い、努力や成長といった要素について考えてみましょうか。これまで挙げた9人の主人公を、成長という観点から見てみましょう。
リナ、オーフェン、宗介、洋子、南雲は、作品開始時点で強キャラで、小樽とパシフィカは作品開始から一貫して非戦闘キャラです。
天地がバリア張ったりできるようになったのも、剣の修行はしてるにしても、爺ちゃんから剣を譲ってもらって血筋に目覚めた…努力の成果とは言いがたいです。場数踏んで指揮能力が上がってるタイラーがまだしもいちばん成長キャラっぽいとか…… 努力で成長した昔のラノベの主人公って誰の話でしょう。
小樽やパシフィカは精神面での成長著しいキャラですし、オーフェンが組織者として成功したり、宗介も市民生活に適応したりしてますが。強キャラ設定の問題と対にして語られる「努力」云々って、そういうのじゃないですよね。
ぶっちゃけ、スポ根やジャンプのような、鍛錬や実戦を通じた戦闘能力の強化のことでしょう。それだったら、富士見でいえば、マジクや、リアルバウトの高校生組、セイバーマリオネットのヒロインズといった、2番手以下のキャラクターの方が当てはまるんじゃないでしょうか。あるいは、萌えラノベ路線が定着してからの、『ハイスクールD×D』兵藤一誠や、『これはゾンビですか?』相川歩の方が(リアス先輩や大先生がそういうノリ好きだもの)。

  • 5 「昔のラノベ」の主人公には、戦闘力の強化という面での努力や成長なんてなかった。むしろサブキャラや、「最近のラノベ」の主人公の方がよほど当てはまる。


この先、分析を進めていくなら、課題は大きく2つ挙げられるでしょう。
1つは、主人公の強キャラ設定と並んで挙げられる、「最近のラノベ」の顕著な特徴――ハーレムについて。ラノベのハーレム路線については、ずっとずっと前から、誰かがまとめなければならないと思っている話です。質ラノベや文芸志向を除いた「エンタメとしてのラノベ」の歴史を丸ごとおさらいするも同然なので、簡単にできるようなものではありません。ただし、90年代のハーレムラノベ――長谷川版天地とあかほりさとる作品については、「ハーレム系作品史」というテーマで書いた文章が既にあります。
天地無用論の長谷川天地の回がこれで、サクラ大戦論の流れであかほりさとるについて語った文章がこれの後半です。


もう1つは、この分析がどれだけ妥当なものであるか、「最近のラノベ」の実例に基づいて検討すること。「最近のラノベ」の実例に基づく分析は…… さて、なにを例として挙げましょうか。
美少女ゲームベースの現代学園異能と、ネット小説ベースのゲーム世界的ファンタジーの両方の検討が必要そうです。
現代学園異能については、同じ富士見でこれまでにも名前が挙がってる『ハイスクールD×D』と『これはゾンビですか?』でいいと思うのですが。
ネット小説ベースのファンタジーに関していえば、アニメ化を基準に作品を選びたくないのです。アニメ化作を拾って、それをベースにネット小説を論じると、ネット小説の作家や読者の趣向ではなく、ネット小説からメディアミックス作品を選ぶ、編集者やアニメ屋の趣味に引きずられてしまうように思うのです。
この課題もちょっと検討中です。


以上、1年半ぶりの更新でした。次もまた年単位で時間が空くかもしれません。気合が溜まったら、また。…次は、はてなダイアリーではないかもしれませんが。

水野良『ロードス島戦記 灰色の魔女(新装版)』その2:作品論


新装版 ロードス島戦記 灰色の魔女 (角川スニーカー文庫)


さて。歴史的背景はそんなところにしておいて。作品の内容を語ることにしましょうか。

とりあえず、主人公パーティーの話から。
PTは6人編成、多いですね。Wizardryが標準6人であるように、古いRPGのパーティーラノベだと、この規模のPTで思いつくのは、同様に古いRPGの流れを汲むフォーチュンクエストくらい。後の漫画やラノベでは、PT人数は4人程度で落ち着きます。それより多くなると色々理由をつけてふるい落としを。
主人公の名はパーン。後に自由騎士として名を馳せる彼も、物語開始時点では血気盛んな一介の剣士でしかありません。友人のエト(神官)を巻き込んで、ゴブリンの棲家に突貫し、半死半生になるくらい。若さを持て余す青年が、己の使命を見出すまで…というのが、この小説のひとつの筋です。
対になるのが、盗賊のウッド・チャック。青年期を獄中で棒に振った彼は焦っています。盗賊という職業からも正当な評価を受けない彼の、鬱々とした心情描写を見れば、読者は絶対「こいつなんかやるぞ」と思うわけです。そのフラグはラストで成就します。手堅い仕事というべきでしょう。
ロードスのキャラといえば、なにをおいても話題に上がるのがエルフのディードリッド。出渕裕デザインのアンテナかよと突っ込みたくなる長い耳は、後のエルフの外見イメージに大きな影響を与えたそうです。エルフという種族や切れ長の目から知的な印象が先に立つのですが、実際のところ、彼女はおてんばで激情家だったりします。そのあたりも紅一点キャラらしいです。
ドワーフのギムは強力な戦士です。新装版は彼の旅立ちから始まり、この物語は彼が使命を果たす過程でもあります。その使命を果たすワンシーンが全てと言っていいキャラです。良くも悪くも。
神官のエトは地味キャラです。回復魔法はあまりに重要であるからこそ、漫画・小説では弱体化がかかってしまうのです。
魔術師のスレインはPTの知性と良識を一挙に受け持つ保護者役で…やはりキャラとしては弱いです。正直、1巻だけ見れば、エトとスレインはニコイチか、いっそ外しても話は成り立ちそうです。
PT編成見ただけで、ゲームシステムの都合が先立ち、キャラクター小説に落としきれてない事情が見えます。ここは「古典」の限界です。


では、キャラクターでは古さの目立つこの作品の、見るべきところはどこでしょう。キャラでないなら、ストーリー、そして設定ということになるでしょうか。


以上6人のパーティーで、最初に挑む目標は、アラニア王国王都近辺の不審な館。オーガやダークエルフが守るその館で、パーンたちは“灰色の魔女”カーラの、アラニア国王暗殺計画の証拠をつかみます。
ほぼ同時に始まる、マーモ帝国皇帝ベルドの侵略戦争。パーンたちは、ヴァリス王国王女の誘拐を阻止し、大賢者の屋敷を訪れ、戦争の裏に潜むカーラの陰謀を追うこととなります。
カーラはかつてロードスに栄えた古代王国の生き残りであり、その滅亡の再来を防ぐため、光の勢力と闇の勢力の均衡・抗争状態を維持しようというのです。
冒険によって陰謀を追い、陰謀が戦争を操る。灰色の魔女の陰謀を媒介にして、パーンたちの個人レベルの物語が、王国同士の大決戦まで結びついていく、このスケール感が非常にいいです。
冒険! 陰謀! 戦争! 男の子の好きなものてんこ盛りじゃないですか。
そしてパーンも、聖騎士の叙勲を受け、この戦争の最大の決戦、(ヴァリス王国王都)ロイド郊外の戦いに参戦することとなります。
この戦いを指揮する国王たち、ヴァリス国王ファーンやマーモ皇帝ベルドはかつて魔神と戦い勝利した英雄です。実力でもパーンなどとても敵いません。援軍としてやってきたフレイムの傭兵王カシューもまたはるかに格上の人物です。国王同士の一騎討ち(!)は、パーンの手が届かないところで決着します。サブキャラが作品世界を動かす描写は読者に不快感を与えることも多いのですが、ロードスの場合は「世界の広さ」に繋がっていて非常に良いです。
ファーン王から騎士叙勲を受けカシューの下で騎士としての初陣を戦ったパーンや、皇帝ベルドを慕うマーモ帝国の青年騎士アシュラムは、15年後、本シリーズの終盤において、それぞれの勢力を代表するような立場で次の戦争を戦うことになります。
ひとつのパーティーの冒険が、規模では国家レベル・時間軸では年単位の「戦記」へと広がっていくこのスケール感、これが私の考える、キャラクター小説としての弱さを補って余りある『ロードス島戦記』の「古典」的意義です。


その後のライトノベル史を考えると。この個人レベルの「冒険」と、国家レベルの「戦記」の融合を達成し、地味さで埋没しなかった事例は、あまり多くは見られないようです*1
ここ数年、ラノベ業界で、ポスト学園モノが模索される中、ひとつの作品群として「ファンタジー戦記ラノベ」が台頭しつつあり、これが一過性のブームに留まらず定着していけるか、私は興味深く見守っています
90年代時点では、冒険者として冒険しながらいろんな国で戦乱を起こしたり収拾したりしていく…という構図は、むしろ、ゲーム媒体、スクウェアサガシリーズや、アダルトゲームのランスシリーズなどで実現していました。
その後のライトノベルは、ファンタジーも含めて、キャラクター小説としての側面を重視する形で発展していくことになります。まず『スレイヤーズ』の大ヒットがありまして。
美少女要素大好きな私は、その受益者なわけですが。だからこそ、その陰でいまいちもったいないことなってしまった可能性にも目を向けておく必要はあるでしょう。

*1:この条件に該当する大ヒット作として『ゼロの使い魔』が挙げられるのですが――

水野良『ロードス島戦記 灰色の魔女(新装版)』その1:史的背景


新装版 ロードス島戦記 灰色の魔女 (角川スニーカー文庫)


ロードス島戦記』は、言わずと知れたライトノベルの古典です。
のちにライトノベルと呼ばれることになる「視覚要素を重視した青少年向け文庫書き下ろし小説」が、独自の読者層とプロパー作家*1の抜擢・育成システムを確立し、ジャンルとして自立し始めたのが80年代末から90年代初頭のこと。*2
その過程において重要な作家としては、まず、水野良神坂一あかほりさとるの3人を挙げるのが妥当でしょう。


水野良は、日本へのRPGの導入を牽引した団体のひとつ――グループSNEの主要メンバーです。ただし、彼らが広めたRPGは、ドラゴンクエストのようなコンピュータゲームではありません。ドラクエの原型になったウィザードリィウルティマのそのまた起源、シナリオをGMゲームマスターという主催者が語り、戦闘判定をサイコロ(ダイスと呼ぶ)で行う、実にアナログなテーブルトークRPGというゲームです。
テーブルトークRPGの普及のために、なぜかパソコン誌の『コンプティーク』上で、リプレイの掲載が行われまして。水野良はその企画でGMを務めていました。そのリプレイから設定やキャラクターを転用し、小説の形にしたのが今回紹介する『ロードス島戦記 灰色の魔女』の初出。1988年のことでした。
作中で用いられる、剣と魔法、エルフとドワーフ等の定番のネタも、当時はまだ一握りの翻訳小説読者と海外ゲームプレイヤーしか知らない最新の想像力でした*3
テーブルトークRPGや欧米ファンタジーの蓄積を活用し、遠縁の親戚にあたるコンピュータRPGの普及という追い風も受け、『ロードス島戦記』シリーズは、ライトノベル草創期を代表とする作品となるのです。


残りの2人についても軽く語っておきます。
神坂一は、富士見ファンタジア文庫の第1回新人賞受賞作家です。受賞作である『スレイヤーズ!』は、既成のファンタジーを茶化したような作風がRPGブーム下の青少年の好みに直撃し、さらに角川のアニメ進出の看板作品になるという時の運もあり、作者が高額納税者として公表されるほどの大ヒット作となりました。
あかほりさとるについてはかつて語ったことがありますが、タイムボカンシリーズ小山高生の弟子筋に当たるアニメ脚本家です。「軽い文体」「お色気要素」「実は王道の冒険活劇」という3点セットをライトノベルに持ち込み、ヒット作を連発しました。


この3人は、それぞれ、後々までライトノベルの強みと有り様を規定する、3要素を代表していると言えます。
水野良「ゲーム的な想像力・方法論」の活用神坂一新人賞による「読者の好みに合った新人作家の抜擢」あかほりさとる「アニメとの密接な関係」
「ゲーム的想像力・方法論」ではRPGのみならず美少女ゲームからも強く影響されるようになりました。「読者に近い新人の抜擢」としては新人賞に加えてネット小説作家の登用という新たなルートが台頭しています。「アニメとの密接な関係」でも、アニメからラノベへの原作・人材供給よりむしろラノベからアニメへの原作・人材供給の方が重要になっています。
しかし、形は変われど、この3要素がライトノベルというジャンルの強みとなっていることは、20年以上経った今でも変わりません。我々はいまだに「古典」の時代の延長の上にいるのです。

*1:私はこの語を「ジャンル内でデビューして、そのジャンルを専門的に書き続ける作家」という意味で使っている

*2:ただし、コバルト文庫などの少女小説は80年代既にその段階に達している

*3:例によって女性向けではもう少し早く導入されていたのですが

2014年 3月24日雑記


ちーす、とくめーです。お久しぶりです。年単位でお久しぶりですね!
PINKちゃんねるの方針が定まらないからエロパロ板の保管庫が更新できなくてつらいわー。更新したいのにできなくてつらいわー(棒読み)
まあ、言い訳をいたしますと。長い通勤路と、艦これと、Twitterに時間を取られてました。いや、今でも取られてます。仕事もいろいろ面倒が多く、そのせいで萌えとかハーレムとかいう、甘ったるい世界観に浸る気分を作りづらいものがあるんですよねえ。
おかげで私、昨年は戦国時代に関わる本をがっつり読んでしまいました。講談社学術文庫とかその辺の。
んー、戦国史・中世史の話とか、しても別にいいんですけどー。それ、別に、私がしなくても、ちゃんとした研究者もいれば、レベル高いマニアもいるんで、私でなければ語れないことって、ほとんどないわけですよ。
一方、エンタメ方面を見ると、評論の人たちが、クオリティや尖った要素ばかりを持て囃すものだから、チープなもの・スタンダードなものについて、語るべきことがちゃんと語られてなくて、整理すべきことがちゃんと整理されてなくて、未開拓の荒野が広がっています。
アニメの実況や新刊の速報では、暇のある高校生大学生、読み捨て系ブロガーなんかには勝てませんし。次年度は、歴史的視点を重視した形で、エンタメ語りをやっていきたいと思います。


戦国ランス』(06年)のヒットを起点にするか、『スレイヤーズ』の4度目のアニメ化(08年)を起点にするかは人それぞれでしょうが、00年代後半あたりから、90年代ファンタジーブームのリバイバル的な流れがあるじゃないですか。
昨年も、『魔法陣グルグル』と『エルフを狩るモノ』たちが"2"だったり。ロードス島戦記の新装版が出たり。
ぶっちゃけ、ファンタジーのパロディ的なものって、90年代に一度全てやり尽くされているんですよ。近年のライトノベルやネット小説を中心としたファンタジーの台頭って、それがファンタジーというよりRPGのパロディの要素が強いことまで含めて、私には車輪の再発明という感覚が強くあります。それもこれも、90年代のファンタジーブームが、リアルタイム世代の後まできちんと引き継がれてないのが悪いんです。テレビゲームの方はリメイクとか配信とかニコ動のプレイ動画とかありますけど、漫画・ラノベ・アニメ媒体の方は……
今年は、少し、いろいろ語ってみたいと思っています。そうですね。まずは、ロードスの話など、いたしましょうか。

我孫子:弥生軒:唐揚げそば(\480)



ででーん。
こちらが、一部で有名な、弥生軒唐揚げそば、唐揚げ2個入り480円になります。
麺は味コシともに貧弱そのもの、つゆはやたら濃く、そばとしての評価は、「下の中」レベルです。
ですが、唐揚げは、カリカリに堅い衣と濃いつゆの相性が絶妙で、肉も安っぽくはありますがそれを補って余りある強烈な存在感を放ち、B級グルメ・チープグルメを愛するものとしては、これだけのために我孫子を訪れても損はないというレベルです。
食べごたえ・コスパなら任せておけといった感じですね。実はここ、ちくわ天も安くて大きくて、唐揚げそばを食ってまだ腹に余裕があれば是非食べたいと思っているのですが、なかなか機会がありません(唐揚げ1個にすればいいだけなんでしょうけど)。


なお、JR東日本の旅客規定では、上野あたりから常磐線我孫子まで行って、そのまま常磐線で引き返すと、往復料金を払わなきゃいけない規則なのですが、大都市近郊区間では乗車経路で遠回りしても最安となる運賃で計算するという特例があるので、仮に日暮里から常磐線我孫子へ向かったとするなら、成田線経由で成田・千葉を回るか、水戸線経由で友部・小山を回って、上野とか西日暮里とかまで戻ってくれば、一駅分の運賃で合法的に我孫子まで乗車することが可能です。
電車内での暇つぶしの手段をたっぷりと用意しておきましょう。積み本の消化方法としてもオススメです。

7月23日近況


えー。半年くらいぶりの更新です。
最近は、とくめーはTwitterでの活動をメインにしています。なんかTwitterで古い記事が掘り返されたりして、ブログの存在を思い出しました。
いちおー、7月中頃あたりから、保管庫の更新をちまちま再開しました。悪堕ちスレ・ハーレムスレが現行最新くらいまでいってて、MCスレが…今月中に追いつけたらいいですね。


保管庫の仕事が終わったら、Twitterで発言したことを整理して記事にしたいなあとは思っています。が、したいだけなので実現するかはわかりません。


これだけではなんなので、本日はお昼御飯の写真でもアップしようと思います。
午前中が健康診断で午後が空いたので、我孫子までいって、弥生軒唐揚げそばを食べてきました。


こんな感じで、1000円未満のお食事の記録とか載せたりすることも考えてます。
とくめーのB級グルメ愛好者レベルは三級くらいなので、そんなに「これはすごい」なものは載らないと思います。

時丸佳久『ハーレムキャッスル』コミカライズ版


美少女文庫・二次元文庫であるだとか、尺の制約のあるハーレムモノには、誠に悲しむべきパターンがあります。
個々のヒロインとのイベントをクリアして、ハーレム状態が構築される頃には、もう話が終わってしまうw
昨日紹介した『ぬこ巫女たん』もそうでした。全4話、1〜3話が各ヒロインの話で、4話で4Pしておしまい。
さりとて。キャラ紹介もフラグ構築もまともに出来てないヒロインの数だけ揃えても興ざめですからね。エロメディアにおけるハーレムエッチなシチュエーションというのは、個々のヒロインイベントをクリアした後の、ご褒美的なモノになってしまうわけです。
エロゲなら、全ヒロインを攻略した後で開放されるおまけシナリオとか。ファンディスクとか。
……ファンディスク!
そう、既に十分に確立された物語の外伝という位置づけなら、キャラ立ては済んでいるし、イベントに尺を喰われる必要もなく、好きなだけイチャイチャとかエロエロとかできます。『彼女×彼女×彼女 ドキドキフルスロットル!』とか、実にエロかったですね……


と、いうわけで(長い前フリ)。
今回紹介する、二次元ドリームコミックス『ハーレムキャッスル』は、二次元ドリーム文庫の人気シリーズ『ハーレムキャッスル』(とくめー雑記紹介記事)の、外伝的なメディアミックスです。


ハーレムキャッスル The Beautiful Days (二次元ドリームコミックス 258)


実は前の王様の隠し子だったんだよー、なんて理由で女王陛下の王太子立太子された少年騎士のフィリックス君は、クーデターとかを乗り越えて、国王見習いとして、勉強や政務や外交やエッチに励んでいます。婚姻外交と子作りは王族の義務です。
というわけで、いきなりハーレム結成済。
登場ヒロインはなんと驚きの二桁、10人だ!
フィリックス君側近…に当たるのが――5人。憧れのお姉さんで今は親衛隊長のウルスラ姉さん、いわゆるビキニアーマーで戦う女騎士。(身体でお願いして)王太子付の軍師についてもらったシャクティ。メイドのサーシャ(エロメイド)ガリ(幼馴染。…というほどのイベントはないけど)キャロル(ロリ。故宰相の孫娘で王妃候補の一人)
王妃様の実家、クリームヒルト家の関係者が――3人。父(故・前国王)の王妃(つまり血の繋がらないお母様)で女王陛下のグロリアーナ。王妃様腹心で、フィリックスの教育係で初めての相手だったルイーズ。グロリアーナ様の異母妹で、王妃さま候補のディアーネ
近隣諸国の王族で、王妃さま候補のうち、今のとこ、中心になるエピソードがあるのは――2人。始終隣国と紛争起こしてる不穏なペルセポネ王国の王女コーネリアボクっ娘と、ダリシン王国のインテグラ(不思議系無表情娘。連載中に出た『ハーレムキャッスル4』が事実上の初出で最終話に出ただけ)
たくさんのお姉さん女の子に囲まれて、えーと、王宮でエッチして、海に行ってエッチして、ダンスの練習をしてエッチして、女装してエッチして、まー、だいたいエッチしてます。人数はたいてい複数です。表紙を見れば分かる通り、絵師様のポイントは胸ですね、胸。構図にしてもプレイにしても胸を強調したものが多く。元の絵師様も巨乳絵師で、キャロル以外は胸ありましたから、その辺、よく合った人選なのではないでしょうか。ノリも明るくコミカルで、実に気持ちよく読むことができます。上淫志向の強い竹内さんの性癖のせいか、小説の本編では扱いが端折られがちなメイド少女に出番がある(だいたいサブだけど)のもよかったと思います。報われたね!
ストーリー中心の本編を、キャラクターを軸にした明るい外伝漫画で補強していくようなメディア展開は、エロ分野に限らず、もっと増えてもらいたいものです。