ファンタジーという四つ首の龍


ジャンル小説というのもいろいろあるけれど、「ファンタジー」ほどつかみどころのない“ジャンル”はそうそうないと思う。
境界線論争始めるとキリがないジャンルとしては「ミステリ」なんてのが目立つけれど、ミステリとその周辺ジャンルなんて、たどっていけばだいたい乱歩か清張にたどり着く。外の境界線は定かではないが、中の核は明確だ。「SF」なら70年代頃の翻訳・同人関係者が作っていたコミュニティ。「歴史小説」なら、まあ吉川・司馬。「時代小説」なら捕物帖まで遡らずとも、池波・藤沢あたりの名前を挙げておけば、とりあえず問題ないだろう。
「ファンタジー」の共通の祖は? というと、これはもうJ・R・R・トールキンまで遡らないといけない。
日本国内で「ファンタジー」という看板をつけられている作品は、だいたい4つの系統に分けられてしまう。

  • ハードカバーやハヤカワ・創元の“海外文学”系
  • 図書館の児童コーナーでよくお目にかかる“児童文学”系
  • 基本的に女性作家の手になる“少女小説”系(この名称の不適切さは認める)
  • ライトノベルやコミックといった媒体にまで広がる“RPG”系(さらにTRPG・ラノベ系とコンピュータRPG・コミック系に細分できる)

日本国内にファンタジーというジャンルを普及させるための試み自体が、かなり分裂した形に行われていたようで、「共通の祖」と見なせるような個人あるいは集団は、日本国内には存在しない。かつてのSF大会や、推理作家協会のような、統一的なコミュニティも存在しないし。
それどころか、作家にしても、読者にしても、違う「系統」の作品を同じ「ファンタジー」と見なしていない節がある。
90年代、翻訳畑や児童文学の人たちは、「国産ファンタジーは小粒だねえ」みたいなお話を。『スレイヤーズ』以下メディアミックスが成功して、スクウェアが良作を連発していた時代なのに。
その辺のブームが終わってしまった今世紀初頭、ラノベや漫画の関係者は「ファンタジーは売れない」とか言い出す。『ハリポタ』や『ダレンシャン』など児童文学系の翻訳作品、『十二国記』や『守り人』シリーズなど主に女性読者向けの有力作、そしてMMORPGの隆盛などは他人事。


ま、悪いことばかりではありません。
全く別のファン層を持っているということは、総崩れになる心配も薄いわけで。
ファンタジー衰退論なんて、自分の好きな系統のファンタジーが不調だというだけの話に過ぎない。日本国内にファンタジーというジャンルが根付いてからだいたい30年、4つの系統が全て廃れてしまったことはないのです。
キングギドラより1本多い四つ首の龍。ある首は火を吐き、ある首は角から電撃を放つ。1つの首が潰れたとて死に絶えてしまうことはないし、1つの首を見ているだけではその巨大な全容はつかめない。ファンタジーとはかくも恐ろしき巨竜なり。


「4つの首はいいとして、胴はどこにあるんです? 新大陸ですか? それとも白亜の崖の向こう側? 名前が同じだけの別のジャンルなら、それはただの4匹の蛇ですよ」
「女性作家で、RPGネタで、児童文学で、アニメ化もされたっつー、奇跡のような代物が、2作ばかしある。もしブンガクからエンタメまで網羅した国産ファンタジー論をやるなら、私はこの2作から語り始めることをオススメする」
「もったいつけますね」
「『ブレイブストーリー』と『フォーチュンクエスト』だ」
「これまたなんとも言いづらいチョイスを……」
「イロモノから正統派まで豊かな広がりを持つ国産ファンタジーの代表には相応しいだろう」


「どっちもとくめーさんの嫌いな“メタ”ですよね。異世界入り込み系と、主人公がもの書き」
「メタは国産ファンタジーの宿命だし」
「SFやミステリのメタネタは叩くのに……」
「SF・ミステリ・FTと、海外出自のジャンルを国内に持ってくると、いつもこれだ。浮ついた作品構造は、根が国内にないせいかね」