少年ガンガン20年史

が:少年ガンガン<名>

スクウェア・エニックス(合併以前はエニックス)から発売されている少年誌。
驚異的というべき漫画家の育成能力を活かした、「鈍器」とすら呼称される分厚い誌面で知られている。
ゲーム部門が伝統的に集英社と縁が深いことからくる王道少年漫画路線と、90年代中頃に独自の地位を築いたサンデー的/少女漫画的なほのぼの路線の二つの路線を内包していて、両者の対立は、編集者及び漫画家の独立闘争にまで到った。ほか、ドラクエ4コマ劇場以来の「反逆の伝統」も特筆すべき作品傾向である。
代表的な連載作は『魔法陣グルグル』『鋼の錬金術師』。その歴史はこの2作を基準点として、グルグル以前のロト紋・パプワ時代、グルグル時代、両作品の中間期である月天時代、ハガレン時代、ハガレン以降の5期に分けられる。

ロト紋・パプワ時代

創刊時のガンガンの看板作は『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』(91-97)。(同じドラクエ漫画で『ダイの大冒険』(89-96)という傑作があるので目立たないが)実力は知られながら一般受けに恵まれなかった藤原カムイによる手堅い作りの良作である。
ほか、ガンガン初のアニメ化作品である『南国少年パプワくん』(91-95,アニメ92-93)や『ハーメルンのバイオリン弾き』(91-01,アニメ96-97)『TWIN SIGNAL』(92-01)など、この時期の主力作には、初めはコメディ色の強かったものの、ストーリーが進むにつれだんだんバトル漫画化するという傾向がある。
最後までギャグで押したのは「しっと団」で有名な『突撃!パッパラ隊』(91-00)と、『魔法陣グルグル』(92-03)くらいのものだろう。

グルグル時代

雑誌イメージを塗り替えたのが『魔法陣グルグル』。「武器や防具はちゃんと装備しないと効果がないよ!」やゲソックの森など毒のあるゲームパロディ、キタキタ親父・ギップルといったイロモノキャラクター、「ザムディン」「ただし魔法は尻から出る」「ぼくにはとてもできない」など、強烈な一発ネタはいまだに多くの読者の記憶に残っていて、はてなキーワードニコニコ大百科に項目が作られ、完璧で瀟洒なメイド長が巻き添えを食ったりする。
一方で。実はこの作品、メインストーリーは、めんどくさがりの勇者(?)ニケと、失敗ばかりの魔法使いククリの恋愛・成長譚、実は王道のメルヘンなのである。ジャンプ的な少年漫画とは程遠い。ジャンプよりかはサンデー、いやむしろ少女漫画、もっと言ってしまえば絵本か児童文学かもしれない。先に私は『Kanon』を「男の子のための現代の童話」と評したことがあるが、その論の延長で考えればククリが2ちゃんねる第一回漫画最萌トーナメント優勝者であるのは納得である。
94年にはアニメ化。ライトノベルにおける「スレイヤーズ」、アダルトゲームにおける「ランス」シリーズなど、90年代の一つのトレンドであるファンタジーパロディ作品群の中で“地上波一番乗り”。初期ガンガンのジャンプ模倣路線は(当時ジャンプ的バトル漫画が退潮だったこともあって)終了する。

月天時代

グルグル以降(月天時代)のガンガンは、明らかに“少年漫画誌以外のなにか”である。“ゆるい”漫画の比率が高くなる。特に看板作『まもって守護月天』(96-05)、天野こずえの『浪漫倶楽部』(95-98)、『CHOCOビースト』(95-97)&『PON!とキマイラ』(97-01)など、人外キャラを含む日常マンガが多く見られる。『ジャングルはいつもハレのちグゥ』(97-03)もこの系列に含めて良いかもしれない。
少女漫画の影響を見ることも、80年代サンデーの再来とも取ることもできるだろう。先に葉鍵系について語った際にも触れたが、この時代、学園(ラブ)コメディ作品群は、サンデーの迷走とジャンプバトル漫画の台頭から、少年誌では珍しくなっていた。サブカル全体に影響を及ぼすものではなかったにしても、90年代ガンガンの、暖かな日常性と、性的な要素を強調せず美少女キャラの魅力を示す作風は、現在「萌え漫画」「日常漫画」に先行するものである。
……にも関わらず。現在のガンガンにこのタイプの作品はほとんどない。天野こずえのヒット作『ARIA』はマッグガーデンの作品だ。エニックスの日常路線の漫画は、それを支えた編集者ともども「エニックスお家騒動」で他社へ出ていってしまったのである。

エニックスお家騒動

お家騒動とはそういうものだが、エニックスお家騒動についても、なにがあったのか外からは見えにくい。
幾つか断片的なヒントを語るならば、まずエニックス社内の迷走が挙げられる。ゲーム部門の側を見てみれば、ドラクエ5の発売が92年、6が95年、7が00年。いずれもドラクエの慢性病というべき延期騒ぎは一度二度ではない。ドラクエの開発者の一人であるチュンソフト中村光一は次第にエニックスから距離をおく。一方、漫画部門は少年ガンガンの月2回刊化(96-98)、創刊自体が自虐ネタのギャグだとまでいわれた「ギャグ王」のような新雑誌・増刊の乱発など、内容より経営面で迷走を続けていた。
んで00年。少年ガンガンでは急激な誌面改革が行われる。『ツインシグナル』と『刻の大地』をGファンタジーに飛ばし、代わりに出てきたのは、スポーツだとかバトルだとか、少年漫画誌を意識した新連載。あと、Vジャンプじみたゲーム紹介記事なんて始める。ガンガンのすぐ側には、ジャンプが大好きな人たちがいましたよね。そう、自社雑誌を差し置いて最新情報をVジャンプに流す、ゲーム部門の人たちだ。
かかる上からの圧力を堪えかねて、01年6月、エニックスの出版事業部長とガンガンの編集長、さらにはGファンタジーの編集長までが、作家をごっそり引き連れて独立する。私はこれを、「角川お家騒動の再来」というような見方で見ていた。漫画部門/ラノベ部門VSそれに無理解な本社という構図も、独立したはずが子会社になってしまう終着点も、なんだかんだで本社側が立て直すのも一緒だ。一緒でなかったのは――電撃が旧スニーカー勢あかほりさとる深沢美潮中村うさぎなど)で会社をもたせている間に新人作家の発掘に成功したのに対して、新会社マッグガーデンは以降『ARIA』(02-08)くらいしか語ることがないこと。どうやら、エニックスの特長のうちの「驚異的な新人育成能力」は、本社側に残ったらしい。
お家騒動以降のエニックス・ガンガンの筆頭作品といえば、もちろん『鋼の錬金術師』(01-)だ。

ハガレン時代・以降

とくめーには、『鋼の錬金術師』について、グダグダ語るほどの興味も能力もない。この手の作品には疎いので「普通の良作」にしか見えないのだ。硬派な世界設定と、女性読者受けもするであろうきちんと一人一人がテーマを背負った魅力的な男性キャラ、イヤボーン的な能力覚醒とかに頼らぬ抑制が効きながら熱いバトル展開、なるほどよくできた“少年漫画”だ。ところで。ハガレンの世界設定と作風って、エニックスよりスクウェアっぽいと思いませんか。
お家騒動以降のガンガンで、ハガレンの次というと、もう『禁書目録』の漫画版になってしまうのではないだろうか。他社のメディアミックスが主力、下手すれば看板とかどんだけ……。ほかにもゲーム原作とか、『精霊の守り人』とか、ガンガン版スクラン(まあ本誌ではないが)の『夏のあらし』とか。
あとアニメ化作といえば『東京アンダーグラウンド(連載開始は97年だがアニメ化は02年)とか『屍姫』とか。アニメの枠が増えて1作あたりの放送期間が短くなって、アニメ化の権利が大安売りされてる現状の恩恵としかいえないし。『ソウルイーター』は単体でみれば悪くないにしても「お手本」の存在が透けて見えるよね。本当に劣化三大誌みたいになってしまって。
個人的に大好きなのは『ながされて藍蘭島』(02-)である。ハーレム系作品が好きだ、というのもある。逆に、ハーレム・お色気路線を除いて考えてみると、藍蘭島の「緩い日常」は、90年代ガンガン路線そのもの。現状のガンガンで「緩い日常漫画」といえば、これくらいのものだろう。ああ、あと『清村くんと杉小路くん』があったか。
ガンガンについてはボロクソ言っているが、エニックス全体でみるなら、決してうまくいってないわけではない。社内各誌で『ひぐらしのなく頃に』の同時連載なんて、新人育成能力の神がかったエニックスでなければ絶対にできなかっただろうし。『セキレイ』『瀬戸の花嫁』『咲』『バンブーブレード』といった、アニメ化成功作も多い。それがことごとく本誌以外(というかヤングガンガン)から出ている現状こそが、21世紀の少年ガンガンがなにかおかしいという証明ではないだろうか。人材がいるのに成功作もでなければ独自色も感じられないのだから、方針が間違ってるとしかいいようがない。


架空戦記ファンの私は。2000年前後の「少年漫画化とお家騒動」がなければと考えてしまう。
ゼロ年代の、まったり学園モノ路線の流れに、すんなり乗れたはずなのだ。
ついでにヤングガンガンの創刊もなかったことにしてしまおう。緩い『セキレイ』(『守護月天』にバトル要素を足したようなイメージ)や緩い『バンブーブレード』(ハートフル部活もの)、とくめーの趣味からすれば、そっちの方が断然ありなんだけどなあ。