ハーレム系作品史1996 サクラ大戦/語られない90年代 (1)


2010年です。ゼロ年代が終わりました。やったーっ!!
にも関わらず、とくめーはいまだ90年代に引っかかってます。90年代のオタク文化に関しては、「ちゃんと語られていないこと」「忘れられてしまっていること」があまりに多いんですよ。ハガレン以前の少年ガンガンについてもそうですし、そのガンガン作品やランスシリーズ、スレイヤーズなどのラノベといった“90年代RPGパロディブーム”などについても、ゼロ年代FTパロ(ゼロ魔・ネ実組)と合わせて、いつかちゃんと語りたいところです。
ゼロ年代の十年間で、80年代サブカル文化に関する記録や研究がいろいろ出てるんで、90年代については10年代の十年間で回顧されると思うのですが、「90年代はエヴァとセカイ系の時代だった」みたいな語られ方はいい加減勘弁してほしいものです。
近年のオタク文化エヴァを起点に語るとき、エヴァ以前――90年代前半のことは視点から抜け落ちてしまいます。エヴァの影響を受けた自意識を持て余すオタクと製作者ばかりを追いかけると、そんな自意識にとらわれずフィクションを満喫していたオタクの姿は見えません。
当ブログの不定期連載企画、「ハーレム系作品史」は、そういう「語られなかった方のオタク史」を記す企画です(最近になってそう決めた)。青少年(含む大きなお友達の悩める自意識ではなく、青少年(含む大きなお友達の溢れる妄想を描いた作品群。
これからの示す記事のテーマが、90年代の語られざる大作『サクラ大戦』。
サクラ大戦』自体と、それを構成する諸々の要素には、「評論家の語らない90年代」がたっぷり詰まっています。「ハーレム系作品史」と関係ない内容も含まれていますが、切るの、やめました。これがとくめーの全力全壊。「語られなかった方のオタク史」「エヴァの時代でない90年代」について、いやというほど語ってみせます。


SEGA THE BEST サクラ大戦1&2


では、まず、個別の作品論の前提となる、ハードウェアと関係者についてです。

ハードウェア:セガサターンドリームキャスト

現在、事実上ゲームセンターの開発・経営会社と化しているセガは、その昔、家庭用ゲーム機の開発・販売も行っていました若い人たちにはここから説明しなきゃいけないんだよなあ)スーパーファミコン(90年・任天堂)の影に隠れたメガドライブ(88年)や、ゲームボーイ(89年・任天堂)の影に隠れたゲームギア(90年)など、家庭用機への参入以来ずーっと「永遠の二番手」だったセガの家庭用ゲーム機にも、ただ一度だけ、ゲーム機戦争で勝利しうる機会が存在しました。
90's前半。スーパーファミコンによって圧倒的なシェアを誇っていた任天堂は独占的な地位に奢り、高圧的なサードパーティ戦略と、ソフト価格の高騰(末期には1万円を越える定価も珍しくなかった)により、ソフト会社・消費者双方から信頼を失っていきます。任天堂ソニーが共同開発するはずだったスーパーファミコン後継機“プレイステーション”の開発は、方針・利害が折り合わず頓挫。
スーパーファミコン後継機の地位は、ソニー単独開発による“プレイステーション”(94年)と、セガの次世代機“セガサターン”(94年)の間で争われます。ともにCD−ROMソフトの32bit機。ゲームセンター系の強力な自社開発力・コネクションを持つセガが勝利するという見方もありました。事実、当時としては斬新だったフルポリゴン3D格闘ゲームバーチャファイター』(93年、SS版94年)、アーケードゲーム史に残る傑作『バーチャロン』(95年、SS版96年)など、アーケード発のセガ作品は、それだけで需要を喚起できるレベルのものでした。
対して、ゲーム業界外からの参入であるソニーは、徹底した大小問わぬサードパーティへの支援・優遇を行った……行わざるをえなかったといった方が近いでしょう。「小」のわかりやすい例は、熊本の下請けゲームメーカーだったアルファ・システムソニーの下で『俺の屍を越えてゆけ』(99年)『高機動幻想ガンパレード・マーチ』(99年)などを成功させる)、「大」の代表例は、スクウェア一本釣り(96年)。結局、RPGの両巨頭を手中に収めたのが決め手でした。技術の不足をレベル上げや攻略本で補って「万人がクリアできる」RPGこそが、国内ゲーム市場の雌雄を決する決勝点。近年でも、「大作RPGのシリーズだけはやる」みたいな層が存在し、DQIXとかFFXIIIとか何百万本も売れてるわけで。葉・鍵・月が「オタクの一般教養」となりえたのも、プレイヤースキルを問わないADVという形式が前提条件。
セガ、あるいはセガと関係の深いアーケード系のメーカーのシューティングや格ゲーなどは、プレイヤースキルの反映が大きく、ヘビーゲーマー層以外への訴求力は弱い(両ジャンルとも既存ユーザー偏重の製品開発でご新規さんにそっぽを向かれ衰退。STGの失敗は94年の東亜プラン倒産・格ゲーの失敗は01年のSNK倒産により象徴される)
ソニーセガの対決は、セガ劣勢のままPS2対ドリームキャストという新ハードに引き継がれ、追い込まれたセガがライトゲーマーを取り込むために仕掛けたメディアミックス企画が『シェンムー』(99年・未完)。……ええ、セガさんは、コンシューマー機というものがとことん理解できてなかったようです。
そんなセガ陣営でゲーセン系のゲーマー以外から支持を受けた数少ないソフトといえば、今回取り上げる『サクラ大戦』シリーズと、チュンソフト『街』(98)くらい。ま、この2作も、支持したのは「かなり特殊な層」といえるのですが――


ちなみに。セガはコンシューマー機から撤退したのち、アーケードゲームの開発と店舗運営を基幹業務としています。
現在のゲームセンターの主流は、昔ながらのクレーンゲームやスロットなどと、TCGなど他媒体の手法を流用した(ネットワーク)対戦ゲーム。セガ開発のものとしては、『三国志大戦』が成功作として挙げられます。プレイヤーの個別管理、ネットを介した同レベルプレイヤー同士の対戦、勝ち抜けではない1コイン1プレイ方式により、STG・格ゲー衰退の原因となった「中級プレイヤーによる筐体の占拠や初心者の排斥」を回避でき、またカードのコレクションのようなプレイヤースキルに依らない楽しみ方もあることが勝因といえるでしょう。ネット対戦ではないものの「甲虫王者ムシキング」もほぼ同様の構図で論じることができます。
つまるところ間口戦略こそがジャンルの興廃を決めるのです。セガは、そしてアーケードゲーム業界は、ようやく正解にたどり着きました。
(この辺のゲーセン論は、ハーレム系作品史でアイマス論をやるなら、きちんと詰める必要がありそうです)


この辺のゲーム機戦争の話が、ハーレム系作品史とどういう形で関わってくるかというと――
セガが『サクラ大戦』なんて企画ぶちあげたのはゲーム機戦争で、従来のセガファン以外の層を取り込むためでしたし、ソニーのPSも『ToHeart』や『Kanon』などのエロゲを、エロシーン抹消して受け入れてますよね。
美少女ゲーム的方法論が一般化していくにあたって、エロが嫌いな任天堂がコケて、セガソニーもソフトの好き嫌いを言っていられなかった当時の状況は、非常に好都合だったのです。